技法の話 2
「彫りについて」
今回はもう一つの大切な技法の彫りについてお話です。
まず使っている彫刻刀についてお話します。
今使っている彫刻刀は40年ほど前に、私がかんざし職人をしていたころ買ったもので、今でもずっと愛用しています。
これは東日本大震災のとき津波で流されてなくなってしまっていたのですが、たまたま流された跡地をさまよっていた時に偶然一本だけ見つけたものでした。これは大事に使っていた彫刻刀だったのでとても驚いたのと嬉しかったのを憶えています。そして諦めずに再びこの彫刻刀を使って自分は作品を作って行こうと強く思いました。
かんざし職人の時から使っているこの彫刻刀は少し特別な使い方をします。彫刻刀の柄の部分の後ろに突起をつけて、そこに真田紐をつけて、手首に巻き付けて彫る彫り方で、かんざし修行の時に身につけた彫り方になります。このような彫り方で彫ると力の加減が自在に入り、滑らかな曲線も鋭い線も表現できます。彫刻刀の刃は90度のものです。筋彫りから深い彫りまでこの一本ですべてこなします。他の彫りを見てもこの彫り方をしているところを私は見たことがありません。
この彫りをするときに大事なことは、自分の手首に合った彫刻刀の刃の角度に刃を研ぐことです。この研ぎが非常に難しく彫刻刀の刃を研ぐことが修行の一つでした。ほかのひとに研いでもらった刃では自分の手に合わず使えないのです。
研ぎが出来なければ自在にかんざしを彫ることができないので、彫刻刀の刃の研ぎは苦労して身につけたものです。
この刃について具体的に話すと、90度の刃の角度なので、右と左の刃を同じ角度に研ぎ、刃の合わさったところを正確に研ぎ上げなければいけないという難しさがあります。
刃を作る段階で鋼(はがね)を90度に曲げて作らなければならないので、どうしても曲げたところが強度的に弱くなっていることがあるので、使っているときに刃が欠けることがあります。構造的に、研いでも研いでも合わせ目のところにひびができることがあり、朝から晩まで何度も刃を研がなければならない時があるので、何本か準備した刃の中で目に見えないようなところにもひびがないものを探すのがなかなか難しく、いい刃に当たるとずっと使い続けることが出来るのです。
今使っているのはその貴重な一本なのです。
彫刻刀についてはこのあたりで一段落するとします。
技術を磨いて素晴らしいものを作ったとしても売れなければ何にもならず、生活もできません。
私は再び戻ったかんざし工房で修業時代が終わり、それを基礎とした製作の道に入っていくのですが、製作工程や素材と共に時代背景も少しづつ変わっていくのでした。