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コロナの残したもの

「再び一歩ずつ」

盛岡に工房兼店舗を移してからは、毎日忙しい日々でした。2ヶ月に一度くらいのペースで展示会に出かけ、製作も追いつかない状態でしたが、なんとかより良いものを皆さんに届けたいと必死でがんばっていました。1951年に岩手県平泉の中尊寺金色堂が国宝建造物弟一号として認定され、2011年には「平泉の文化遺産」として世界遺産にも登録されてから、中尊寺金色堂の巻き柱が螺鈿で表現されていることがピックアップされる事もふえ、螺鈿が少しずつ認知されるようになってきました。私の工房では螺鈿のぐいのみ、螺鈿のジュエリーケース、螺鈿の茶道具などお客さんの求めに応じて色々なものにチャレンジするようになっていました。

前は螺鈿というとちょっと古めかしい感じで、私達の実生活からは遠いところにあるような感覚のものだったと思うのですが、それをアクセサリーという身近な形にして皆さんのお手元に届けたい、という私の希望は今では少しでも叶ったかな?と思っています。けれども、コロナウイルスの大流行によって私たちが行っていたほとんどの展示会が中止され、ものづくりをしている私達は厳しい現実を突きつけられることになったのです。

私の工房はデパート催事のほか、ホテルなどにも商品を置いていたのですが、ホテル関係も大打撃を受けていたため、全く商品が動かない日々が続きました。ウチの店舗で螺鈿販売といっしょに営業していたランチや喫茶の営業もお休みすることにして、螺鈿の販売のみで営業を続けていました。そしてこのような期間がいつまでつづくのかわかりませんでしたが、展示会に出かけることが無くなったためできた、たっぷりある時間を使って新商品の開発と、手間隙かかる箱物や茶道具等に挑戦することにしたのです。茶道具は前から少し作ってはいたのですが、今回は繊細なより細密なデザインに拘り、数多くのパーツを一つ一つ切り出してはそれを使って棗に模様を施していく作業がつづき、大分目を酷使したため視力が落ちたのを自分でも感じましたが、努力のかいあってよい品物ができたと自負しています。お客さんの注文もあったことから、手付かずになっていた、アクセサリーとはくらべ物にならない大きさの文箱も何点か製作しました。そして新商品としては「螺鈿機械式(自動巻き付き)腕時計」も構想からはじまって、実際の企画:製作:販売と、全体として一年以上かけて完成しました。これは全く新分野だったので本当に苦労しました。それでも思い描いていたものに近い感じでできたので、心底嬉しさを感じました。また今まで時間がなくて出来ずにいたアクセサリー製作のブラッシュアップにも力をいれ、今まで以上に漆黒の美しさと貝の輝きを表現できる方法も研究しました。

経済的には非常に厳しくなったわけですが、それと引き換えに自分の新しい表現方法と新しいものへの挑戦とその結果としての新しい品物が生まれ、その一つ一つに、ものづくりをするもの者としてのたゆまぬ歩みと思いを込めたつもりです。

コロナの流行から3年以上経ってだいぶ世の中の様子も変わり、展示会も復活しつつあります。出来るだけ私も展示会の売り場に立って、皆さんにお会いして自分が手がけた品物を説明したいと思っていますが、今年75歳を迎えるのでどうしても製作に時間がとられる時は、ずっと私の傍らにいて製作過程を見て来た妻と娘が売り場に立つことがあるかもしれません。そういう時はどうかよろしくお願いします。岩手県の盛岡にある工房では 毎日私が製作に励んでいますので、観光のついでに寄っていただければ、出来る限り仕事場から出てきていろいろ説明させて頂きたいと思っています。そしてまた、今年も新しい観点に立った今まで製作してこなかった新商品の開発にも乗り出そうと思っています。

「ものづくり」で生きていくことは一生自分への挑戦の日々で、苦労と挫折の繰り返しですが、その大変さを生き抜くことが職人としての自分の人生なのだなぁ、と最近よく思います。

人は皆激動の現代を生きています。その人達と私のつくった小さなものが出会い、ほんの一瞬でも心のやすらぎや静けさを届けることができるとしたら、本当に職人冥利に尽きると思います。

最後に、今回で25回目になる「職人のつぶやき」を読んでいただき本当にありがとうございます。ものづくりにはいささか自信があるのですが、文章は全くの素人以下なので、下手な文章で申し訳なく思っています。

震災を乗り越えたようにコロナも乗り越えて、なんとかがんばっていきたいと思っています。

本当に工房設立の初期から見守っていてくださるお客様、声をかけて応援してくださるお客様、支えてくださった多くのお客様、いつも本当にありがとうございます。それから新たに出会うお客様も含め、どうかこれからもよろしくお願い申し上げます!

                        螺鈿 澤井工房    澤井正道

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