寺島の思い出
「夕暮れとドラム缶」
私は中学生のころ、それまで住んでいた家から歩いて20分ほどのところにある「寺島」ということころに家族で移ることになりました。
そこは大きな鉄工所の工場の敷地内にある家でした。その鉄工所ではいろいろなものを作っていて、タイヤチェーンの焼き入れとか、鍛造(タンゾウ)という工程で、鉄を真っ赤に焼いて金型にはめてつぶしてパイプレンチを作ったり、様々なものを作る鉄工所でした。
私たち家族はそこの敷地内にある長屋のような建物に引っ越したのでした。
夕方になって工場の仕事が終わると工場で働いている人の何人かが、焼き入れの釜の中に鉄の塊を入れて真っ赤になるまで焼くのです。そしてあらかじめきれいに洗って、縁のギザギザした切り口を丸めて準備しておいたドラム缶の水の中に、その焼けた鉄の塊を入れるのです。すると「ジュー!!」というものすごく大きな音がして、一瞬でドラム缶の水が熱湯になり、ドラム缶風呂が出来上がるのです。
少し時間をおいて入れる温度になると、やけどをしないように下駄を履いた工場の人たちが代わる代わる楽しそうにドラム缶風呂に入るのでした。私も何度かドラム缶風呂に入れてもらった記憶があります。
当時、もちろん銭湯はありましたが、お金もかからないし、楽しみが今のように多くない時代に、ひとつの娯楽感覚としてドラム缶風呂を楽しんでいるようでした。
「楽しいことは自分で考えてつくるものだ」と幼いころから私も常に思っていることでしたし、まわりの人たちもみんなきびしい毎日を明るく暮らす工夫をしている、そんな時代でした。
これはわたしが中学生だったころの懐かしい思い出のひとコマです。