1. HOME
  2. ブログ
  3. 三陸の海と山の贈り物

三陸の海と山の贈り物

「水道の道からの再出発」

岩手にきた時は5月で桜の時期でした。桜といえば関東では4月だと思っていた私は、その年2度目の桜をながめていました。

妻の実家は桜並木の道をちょっと上ったところにあり、桜の時期にはいっせいにエドヒガンザクラの花が咲き、とても眺めのよいところでした。

私が岩手に来て思いがけず嬉しかったのは、いろんな釣りを楽しめるということでした。大好きなヘラブナはほとんどいませんでしたが、海釣り・川釣りを思いっきり楽しめました。あるとき偶然知り合った現役の漁師の師匠から、ヒラメ釣りの手ほどきを受け、一緒の船に乗せてもらい、何度かアルバイトとしてのヒラメ釣りをしたことは楽しくて忘れられません。少しでももたついていると「魚が逃げちまうだろう!!」と怒鳴られたりすることも度々でしたし、アルバイト料はわたしが釣ってしまった売り物にならない小さなヒラメでしたが、本物の漁師とヒラメを釣ったという、とてもなつかしい思い出です。

 土地に慣れるためと称して山の方に出かけては、ヤマメ釣りを楽しみました。あっちの川、こっちの川と一日中釣り糸を垂れる日が続きましたが、ちょうどその時期に螺鈿と日本画の修復をしている工房と出会い、妻と二人で勤めることになりました。私は修復した日本画を入れるための額縁作りとゴルフのマレットパターの製作を任され、仕事がなくなるまで1年半ほど勤めました。妻は私が製作していた額縁に入れる日本画の修復のアシスタントでしたが、あっという間に1年半が過ぎ、二人ともまた失業してしまったので、私は水道の道に戻り、妻は呉服店に勤めはじめました。

体力的にも大変な水道の仕事に戻った私でしたが、良い相棒と出会い、さんざん面倒をみてもらい、眺めの良い海の見える場所で一緒に弁当を食べたりして、楽しい時間も持てました。そして住みつづけているうちに、三陸の海や土地の豊かさに気づくようになりました。三陸のアワビ貝の輝きと美しさや、浄法寺漆のすばらしさ、そして特に、世界遺産、中尊寺金色堂の荘厳さは圧倒されるものがあり、かつての螺鈿職人の技とその思いや情熱まで感じるような気がしました。

私はこの素晴らしい岩手の自然の恵みを、なにかの形に表現できないだろうか?と思うようになっていきました。

そんな折、着物屋に勤めていた妻が「螺鈿の帯留」をつくってくれないかといってきたのです。帯留は着物を着用した際に帯の形が崩れないようにしっかり〆る帯締めにつけるアクセサリーの役目のものです。着物を着たとき帯留めまではつけない人が多いのですが、帯留をつけることによって、いつもの着物姿がグレードアップしたり、着物のポイントになる重要な小物といえます。着物屋さんで働いている妻は仕事の関係で年に1~2回着物を着用することがあるので、妻の希望をかなえるため、昔かんざし職人をしていた時に外注に出していた工房で見た作業風景や職人との話を思い出したり、いろいろな本で学んだりしてほとんど独学で螺鈿作りをはじめました。

帯留の土台には黒檀を使用し、かんざし職人時代に身につけた手切りの糸鋸の技術とヤスリで仕上げ、その上に下地の漆を塗ってアワビ貝をのせて漆を塗っては研ぎ出す工程を何度も繰り返す螺鈿技法で、細密なパーツを使った杣田文様の帯留を完成させました。はじめはなかなかうまくいかず、何度も壁にぶつかり手探り状態でしたが、試行錯誤の結果ようやく最初の帯留めが完成しました。そしてさまざまな帯留めをつくるうちにコツのようなものもわかってきて、螺鈿技法以外の彫りの入った帯留や形物の帯留も作り始めました。

そして、後になってこの最初の一個の帯留を作ったことが、その後の人生を変えることになる出来事に発展していったのでした。

関連記事