技法の話1
「手切りの糸鋸技法」
東京のプラスチック製作所をやめた私は、川越のかんざし工房に戻り、再びかんざしの道を歩き始めました。
それで、今回と次回の2回に分けて私のかんざし修行の柱となった糸鋸と彫りの内容についてお話したいと思います。
まずは糸鋸についてです。
今では昔に比べてみることの少なくなった糸鋸の作業ですが、今から55年前くらいまで、糸鋸はほとんどが国産ものでした。
私もそれを使っていたのですが、今ほど精度のよい糸鋸はなく当時は目立て(糸鋸の刃の目をたてて切れやすくする作業)をしなければ使えないものでした。今はドイツやスイス製の金属加工用の糸鋸が使われていますが、現在のものは精度がとても良いので目立てしなくてもよくなりました。
10年程前には国産の糸鋸の工具店があったのですが、わたしの知っている糸鋸の工具店はやめてしまったのか、昔あった場所に行ってみても皆なくなってしまっていました。
糸鋸の目立ては、目立てヤスリというヤスリを使って糸鋸の刃のひと山おきに、右左に先端が角が立つように研いでいくものなのです。糸鋸の目立てをすることによって切れがよくなり一日にできる仕事量が大幅に違ってくるのです。
私は修行の初めの段階であるこの目立てが上手に出来ませんでした。ひと山おきに研いでいかなければならないところを飛ばしてしまったり、上手く目立てができないと、糸鋸を使い始めてすぐに刃が折れてしまうのです。そうするとまた糸鋸の刃の目立てから始めなくてはならず、一日中目立て作業に費やしてしまう日も多くありました。
それで、ものを作るときに、糸鋸と彫刻刀が扱えるということが、品物を作るうえで基本でもあり、最も大切なことなのです。
糸鋸を上手に使うコツは、糸鋸のひと山分だけの力を上下の糸鋸の刃にかけることです。
はじめて糸鋸を使って切ろうとする人は、早く前に切り進めることに注意が行き過ぎるために余計な力が入り、その結果糸鋸の刃が折れやすいのです。
感覚として、糸鋸の目の食い込む分の力さえかけて上下に動かせれば、糸鋸は上手に操作できるようになります。
糸鋸の刃の角度は厚いものは垂直に切り、薄いものであれば刃の角度を前に倒しても切ることができます。(前に進めよう、という意識が強ければ強いほど糸鋸は折れてしまうものなのです。)
よく「力を抜け」、と表現される言葉の意味は、糸鋸にひとめもりの力さえ加えれば糸鋸の刃は切れるものなのだという意識を持つことを意味し、それを無意識のうちに体得できるようになれば上達は早いものと思われます。
現在は糸鋸の代わりにレーザー加工機が登場し、手切りの糸鋸では切れないような微細なものまで作れるようになりました。
彫刻刀で彫れないようなものまで、レーザー加工機と3Ⅾプリンターで一つのサンプルさえあればなんでも作れる時代になってきました。
そんな時代が私が生きて居るうちにくるとは思ってもみませんでした。
今後は昔からの作り方や伝承に新しい技術を取り入れ、そしてそのまま使うのではなく、常にアレンジして新しい感覚の「最初のひとつ」を作ることが大切になってくると思います。
私のこれからの仕事としては、一点ものに力を入れ、いかに手作りの良さを発揮できるかということが重要になってきて、それがこれからの時代を生き抜くひとつのカギになってくると私は思っています。